小説 『文学部唯野教授』 筒井康隆 を読んでいた。この小説は小説内に登場する唯野教授が文学理論の授業をする中でそれぞれの文学批評の理論を講義をするというメタフィクションの小説であるのだが, 文学批評について浅学のため、印象批評 → 新批評(ニュー・クリティシズム) → 現象学 → 記号論 → 構造主義 → ポスト構造主義 → 精神分析批評 という進歩の流れについて概要を汲みたい。
印象批評
19世紀後半から20世紀にかけて行われた批評方法。
芸術作品が個々の批評家の感性や知性に与えた印象または感動によって評価する批評。芸術作品が個々の批評家の感性や知性に与えた印象または感動によって評価する批評。
思い付き的な批評ではなく、哲学的、審美的思考を長く続けたうえでの、また多くの作品に触れたうえでの自己裁断である。日本では小林秀雄の批評にその優れた例をみる。
作中では全方位の知識がないとまともに出来ない(小林秀雄くらい)と評されていた。
新批評(ニュー・クリティシズム)
1930年〜50年頃のアメリカでみられた⽂学批評の主潮流。本来は詩を対象とする批評。作品を⾃律的なものと捉え、形式分析による内容解明を試みる批評態度。作家の伝記や時代背景を考慮しない。それまでの印象批評を批判し、より厳密な批評の基準を模索した。
現象学
批評(哲学)。結局腑に落ちない概念と言葉だけ増えたが、一時期フッサール現象学入門しようと本を読もうとしたりYoutubeを見ていたりしていた。どうやらその現象学のことを指すらしい。いまいち現象学による批評について文献が見つからなかったのでスキップ。
記号論
記号論といえばソシュール。シニフィアンとシニフィエがなんなのかは未だによくわかっていない。
記号論の本のAmazonのレビューによると
記号論は、現象学なら先ず意識が問われるところを、意識と対象の間にある記号を使うことで、存在や意識のことを疑似的に論じることができている。
何でも議論できるらしい。強そう。
構造主義
1960年代に登場し主にフランスで発展していった20世紀の現代思想のひとつ。
一言で説明すると『人間がどう考えるかは、その人が生きる社会のシステムによって、無意識に形づくられてしまっている』ことらしい。
構造主義的文学批評はあまり流行らなかったらしい。
既存の学へのアンチテーゼ(闘争的側面)と学問領域の刷新(メタ学問的意識),ヨーロッパ中心主義の相対化,脱中心化の思想や多元的価値観など,68 年の「革命」に結びつくような文化的・社会的価値観の転倒が「構造主義」の名で呼ばれたかの印象がある
ポスト構造主義
1960年代後半から 70年代後半のフランスにおいて登場した,構造主義を批判的に継承しつつそれを乗り越えようとする思想運動。
ポスト構造主義は,西欧近代の主流的見解であった人間主体中心主義,すなわち認識の原理でありかつ世界存在の原理である「主観性」の哲学を解体させた構造主義による認識論的革命を踏まえつつ,構造主義が代置した諸関係の構造化の視座が持つ,依然として閉鎖体系を構築して構造を主体化させる傾向,要するに暗黙裏の形而 (けいじ) 上学的思考を批判し,非形而上学的思考の可能性を模索するものである。
脱構築ってなんだっけ
精神分析批評
精神分析批評とは、文学批評に精神分析学の手法を取り入れたものである。精神分析学はフロイトによって創始されたもので、他にもラカンやユングなどが有名だ。
現代の文学批評理論
文教大学文学部英米語英米文学科の授業「文学批評理論「入門」」の資料で『文学部唯野教授』が概説書として使われていた。小説じゃなかったのか。この資料によると現代では更に発展しているらしい。
まとめ
文学批評の歴史について調べていたらいつの間にか近代哲学史になっていた。